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本州一下らない音楽レビューブログ

Not the same/Roby Duke【1982】

布教用AOR

ロング・アフタヌーン (生産限定盤)

ロング・アフタヌーン (生産限定盤)

 

 

昨今、なんだかニューエイジが流行っている。

とはいっても風の時代がどうたらこうたらの方ではなく、音楽の方。

 

こういう音楽はその出自的に全く見向きもされていなかったのだが、00年代からアングラ界隈のDJがネタ的にかけていたらしい。

それが広まるきっかけになったのがみんな大好きVaporwave

 

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Vaporは80年代のダサいと思われていた諸々の文化(含シティポップ)をアリにしていったが、ニューエイジみたいなうさん臭い音楽まで""アリ""にしてしまったのだ。どっひゃあ。

これがブレイクスルーになったようで10年代に起こったアンビエント、そしてニューエイジの再評価につながったらしい。面白いね~

www.youtube.com

 ただジャンル自体の思想が結局風の時代がどうたらこうたら的なやつなので、それが広まる危うさが指摘される…なんてこともあった。

ここら辺をどう解釈するかが見どころ。

ここまで広まってしまうと音楽だけじゃなく、文化全体を巻き込んだイベントになってきているようだ。

 

 それはさて置いて、この話を聴いた時僕にはある一つのアルバムが思い浮かんだ。

それこそがRoby DukeのNot The Same

AORファンなら知っているかもしれないけれど、それ以外には多分ほぼ知られていないマイナー盤。しかも海外でも知名度は皆無と言っていいほどらしい。

 

なぜ知られていないか?理由は簡単。

このアルバム、キリスト教を布教したり教徒に聴かせたりするために作られたものなのだ。

ジャンルはコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(CCM)というものに分類されるが、これは一見普通のロックやポップスな曲の歌詞にバンバンキリスト万歳みたいな話を出すというなかなか尖り散らしたジャンルである。

 

その歌詞ゆえに本国では特殊なジャンルとして扱われているようで、丁度日本のニューエイジ盤みたいな立ち位置らしい。

しかし英語の分からない日本のリスナーにとってはそんなのどうでも良い上むしろ妙に良い曲が多く、名曲の宝庫として扱われている。*1

 80年代のCCMはメロハ―路線とAOR路線に大別できるのだが、今作はAOR系CCM最高傑作といっても差し支えないようなアルバム。

 

一曲目からAORとしての完成度が異様に高い。

 

海辺をオープンカーが駆け抜けていくような爽快感がたまらない。

なんだか夏のディズニーランドの水辺で流れてそうな一曲。

よく聞いてるとゴッドとかジーザスとか聴こえてくるが、無視しよう。

 

バックがかなりカッチリとしているが、それもそのはずTOTOのメンバーがいるらしい。

AORの名盤には大体TOTOのメンバーがいる。これは憶えておこう。

 そして上の動画サムネを見て分かる通りこのおじさんである。

AORの名盤は大体こういうオジサンが歌っている。これも憶えておこう。

なお、おじさんジャケが素敵すぎるので日本盤は差し替えが入っている。

AORの名盤のオジサンジャケは大体日本盤でさし変わっている。これもついでに憶えよう。

 

この写真当時26-28歳(!?)だったらしいが、その歌声は天下一品。

 なんだかボズ・スキャッグスを彷彿とさせる伸びやかな歌声。

そして個人的にはボズ・スキャッグスより曲が良いんじゃないかと思えてしまう。

 あと、この曲もだがカッティングギターとストリングスのアレンジが美麗。

ちなみにこのギターやアレンジャーたちもCCMの人であったりする。福音派色々独占しすぎでは?

 

 

タイトル曲もミッドテンポでカッコイイ。

間奏前の各パートの絡み合いが素晴らしく良い....

AORはシティポップに比してツマラナイと思うことも多いのだが、これに関しては別格である。あまりにレベルが高すぎる。

これだけの逸材がキリスト教の一部の人にしか聴かれていないなんてもったいないと思ってしまうのは僕だけではないはず。

 

 

 さてこのアルバムを調べている中で驚くべき事実を発見した。

なんとかのLight Mellowでおなじみの金澤寿和氏が初期に解説を執筆されたアルバムであるそうだ。

lightmellow.livedoor.biz

これに関してはちょっと驚かざるをえなかった。

何故ならば、日本においてニューエイジ再評価の先鋒に立っていたのは金澤氏に影響を受けたディガー集団・lightmellowbuだからである。

そもそも彼らの名も金澤氏の合言葉「Light Mellow」からであり、上に貼った金澤氏のブログの題名にもこれが使われている。

で、そのLight Mellowってなんぞやというと、こういうことらしい。

それは、心地良い音楽を形容するひとつの言葉。ジャンル用語でもなければ、特別な音楽専門用語でもありません。洋楽と邦楽の壁もなく、“洗練”や“都会”をキーワードにして、ポップス、ロック、ジャズ、ソウル、ファンク、フォーク、ボサノヴァ、ラテン、そして時には歌謡曲…。そんな様々な香りを溶かし込み、こうして1枚のディスクに無理なく収めてしまう。それが Light Mellowの極意です。

https://www.universal-music.co.jp/jp/light-mellow/

 

洗練、都会的というのを突き詰めていった結果、根源的ともいえる宗教の音楽に辿り着いてしまうのは皮肉な感じがする。

「洗練された都会」に住んでいても、人間の精神性は伝統的な宗教観が支配していた時代から何も変わっていないのかもしれない。

 


Roby Duke -- Not The Same (Full Album)

*1:曰く、福音派ずるい!

今月のディグ(2021/3)

 

月一回、僕がレコ屋・CD屋・中古屋で適当に見繕ったものの中で数作、サクッと紹介するコーナーです。

 

夢の城/アコースティック・クラブ(見つけた場所:ココナッツディスク江古田) 

夢の城

夢の城

 

クラシックギター+室内楽インストバンドの作品。

N2.がボサモドキだったりジャズスタンダードが入っていたりとクロスオーバーを意識した内容だが、

時代的にペンギン・カフェ・オーケストラ久石譲などのアンビエント方面の人からの影響も感じる。

結局のところ一番近いのはゴンチチ。80年代のゴンチチと評するのが一番的確かつ手短かな。

単なる癒し系にとどまらず、かなり技術がないとできないような演奏も繰り広げられ

アンビエント作品としてかなり上質なものの一つのように感じる。

Book Offで俗流アンビエントと称して「集中力」を買い漁る人間は必聴。

 

 

 大地の息吹/Lee Spencer(見つけた場所:Book Off仙台店)

 そしてこちら本物の俗流アンビエント

買ったのは2月だけれど、聴いたのは3月なのでここで紹介。

なんでも時間から解放できるとのこと。さあ君も時間旅行者の仲間入りだ。

内容はと言うと、楽想や使っている楽器的にマニュエル・ゲッチングのE2-E4を思い出すかなりレベルの高いもの。

これがたったの280円だったのだからお得感が半端じゃない。

パッケージに作曲者名は書いてないが、Apple Musicに読ませると作者が出てくる。

調べてみたところ、あのスミスのジョニー・マーとバンド仲間だった人物のようだ。

やはり才覚ある人物の周りには優秀な人物が集まるのだろう。

このCDはシリーズものなので是非コンプリートしていきたい所存。

 

※追記

他のCDも買ってみたのだが、どうやらこのシリーズは過去のアンビエント・アルバムの再発シリーズらしい。 

故に結構良質なものが多いと思われる。見かけた人は是非。

 

 

 The Exotic Christmas(見つけた場所:Book Off高田馬場店)

www.discogs.com

渋谷系の超名門・トラットリアのコンピレーションアルバム。

その名の通り、世界中のミュージシャンの作ったクリスマスソングが入っている。

変態的な重なり方をしているアカペラ曲やクリスマススタンダードのクロスオーバー風カバー、極めつけにVenus Peterの楽曲など。流石トラットリアのコンピ、かなり内容は良い。

そしてそれに不似合いな510円という値段。安すぎ。

渋谷系はダサい」という風潮が漂っているためだろうか。シティポップとそんな違わない気がするんだけどな...

ちなみにもののブログによると狙って手に入れるのは至難の技らしい。根気よく古CD屋で探そう。

 

Stasera In Casa Seduti In Poltrona Con La Luce Diffusa/Complesso di Sante Palumbo(見つけた場所:レコードワン大阪)

www.discogs.com

タイトル長い。イタリアのラウンジ・ジャズ。

なんでもジャズファン垂涎の逸品らしく、限定500枚。で買ってしまった。

アコースティックなピアノ主体のジャズなのだがボサノヴァ的なリズム感が頻出する。なるほどラウンジ。

しかし、ピアノによる装飾的演奏やベースの遊び方が独特でアコースティックジャズなのにフュージョンのような演奏も随所にみられる。 

確かに他にはない妙な雰囲気を携えているアルバムである。

もしかしたら単体記事にするかもしれない。

 

 

 

 

Araca Azul/Caetano Veloso【1972】

え!?これカエターノ・ヴェローゾ!?

アラサー・アズール+2(紙ジャケット仕様)

アラサー・アズール+2(紙ジャケット仕様)

 

 

みんなボサノヴァのことを好きだと思う。

好きじゃないと言う奴は世間に逆張りしているだけである。もっと素直になろうよ。

 

 

さてボサノヴァは発表以来世界的にバカバカとリスナーを増やしたのは周知の事実だが、その後のブラジル音楽の動向についてはファン以外には意外に知られていないようだ。

 

 

ボサノヴァがある程度の成功を収めた後、時代が進むにつれ洗練され上流意識・都会性を獲得していく。丁度日本音楽についてフォークからシティポップに移行するのと同じである。

その移行の中で、邦楽でも甲斐バンドやキャロルがいたように、「イェイェイェ」よばれるR&R風味のバンド群がブラジルにもいたようだ。*1

 

そんな音楽界についてケっと思った若者が一人。カエターノ・ヴェローゾである。

彼は今のボサノヴァは本物ではないと主張。初期のボッサとサイケを推しまくり、仲間内とトロピカリアというアルバムを制作した。

これが後々に世界的な影響力を放ち続ける激烈名盤となる。

 ここに参加している人たちはMPBというジャンル*2の中心人物になり、とりあえずここに出てくる人を追っていればブラジル音楽知っていることにしてしまって全然OK。

 

しかし音楽的に革新的な人は政治的にも革新的。

ヴェローゾ時の軍事政権に逮捕されてしまう。

自宅軟禁後に海外に亡命するのだがその間にアルバムを作る荒業を披露。

一流音楽家は一味違うぜ!

The Empty Boat

The Empty Boat

  • provided courtesy of iTunes

 

ほとぼりが冷めた後、帰国しアルバムを作成する。で、できたのがAraca Azulというわけ。

実はこのアルバム、ついこの前先輩に教えていただいたのだけれど

「これ本当にカエターノ・ヴェローゾかいな」

と思いたくなる奇怪極まりないアルバムに仕上がっている。

 

なんせ一曲目からブラジル民謡のプロによるアカペラである。


01 Viola Meu Bem

このアレンジでなので最初聴いた時ビビってしまうが、よく聞いてみるとかなり良い曲。

スタンダード曲らしいので色々聴き比べてみると面白いかも。


Mariene de Castro - Viola Meu Bem

この動画のようなノリノリ!アレンジにもできたはずだが、敢えてシンプルで原初的なアレンジにしたことでコンセプトの宣言として機能している。

 

 

まあトバしてるのは一曲目だけかな?なんて思っていたら次はアヴァンなミュージック・コンクレートです。

お疲れ様です。


Caetano Veloso - De conversa cravo canela

なんでも、コンクリートポエトリー*3を音楽的に表現しようとしたとのこと。

道理で不可思議な曲になるわけです。

ただ、「声だけミュージック・コンクレート」というのはイタリアのバンド・Areaの頭がだいぶおかしいボーカルくらいしかやっていなかったであろうから、世界的に見てもかなり意欲的な作品だったのではないだろうか。

あと、この曲の終わり方がザッパっぽい。

 

三曲目でようやく正気を取り戻す。


Caetano Veloso Tu Me Acostumbraste

この曲はキューバのFrank Dominguezの曲のカバー。

原曲は結構ムーディーなのだが、ヴェローゾの手に掛かれば容易くブラジル音楽化する。

www.youtube.com

トロピカリア以降はサイケ寄りの曲を発表していたのだが、帰国後は再びボッサへ帰還していく。それを思わせる飾らないボサノヴァ風アレンジ。

 

四曲目もボッサなのだが、かなり前衛の要素が強くて楽しい。


04 Gilberto Misterioso

個人的にはこのアルバムの中で一番好きな曲かもしれない。

ブラジル感にあふれつつも、かなり自由自在にギターやら唄やらピアノやらを挟んでいく。歌詞はブラジルでは有名な詩人Sousandradeの一節らしい。訳すると「謎のジルベルト」。

彼の友人にジルベルト・ジルがいるが、意識したのだろうか。

Um Abraço no João

Um Abraço no João

  • ジルベルト・ジル
  • MPB
  • ¥204
  • provided courtesy of iTunes

 

その後もポエトリーリーディングは勿論のこと、サンバのサイケロックカバービートルズの某楽曲を明らかに意識した妙な構成の曲など、自由奔放極まりない音世界がずっと続く。


Caetano - De Cara / Eu Quero Essa Mulher (1973)


Caetano Veloso - Sugar Cane Fields Forever

 

後にも先にもこんな作品を彼は出しておらず、キャリア全体の中で異彩を放ち続ける作品の一つらしい。

 

しかしこれだけ意味不明なことをしていてもトロピカリアという基本姿勢から全くぶれておらず、ブラジルの空気感が終始漂い続ける。

以前、このブログでボサモドキと称しあらゆる国を吸収するボサノヴァを紹介したが、カエターノ・ヴェローゾあらゆるものを、形を変えずブラジル化したのである。

恐ろしい人...っ!

 


Araçá Azul (Album Completo)

*1:テストに出るよ!

*2:J-POP的な意味合いらしい。

*3:↓こういうの。

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A LONG VACATION/大滝詠一【1981】

生きることも爽やかに見えてくる

A LONG VACATION VOX (完全生産限定盤) (特典なし)

A LONG VACATION VOX (完全生産限定盤) (特典なし)

  • アーティスト:大滝詠一
  • 発売日: 2021/03/21
  • メディア: CD
 

 

へーい、れでぃーすえんじぇんとるめん、おとっつぁんえんおかっつぁん。

ロンバケ40周年おめでとうございます。

そして大滝詠一サブスク解禁ですぞ。

ロンバケの大きな節目とだけあって、今年のナイアガラ・デー*1は流石に太っ腹である。

40周年盤もVOXで買っちゃいました。

 

ちなみにウィンズデイだが、40周年盤のレーベル記載の曲名が雨のウィンズデイになっているとのこと。

担当者が某競馬ゲームにハマったのか。大丈夫かナイアガラ。

この友人はVOXとCD、LP全部買ったらしい。そしてナイアガラに金が集まっていく。

 

 さて、ロンバケの発売日1981/3/21というのはナイアガラーであれば誰もが記憶していると思うが、

この日は細野晴臣にとってもかなり象徴的な日である。

実はYMOのアルバム・BGMの発売日もまた1981/3/21であり、

細野晴臣が今知られるようなアンビエント・前衛方面に駆け出す契機になった日でもあるのだ。

BGM

BGM

 

 

はっぴいえんどの二人の立ち位置を考えると、これはなかなか面白い日だと思う。

 

はっぴいえんどでの大滝詠一は「はいからはくち」のような、前衛・ニューロック志向の作品が多く、

どちらかと言えば細野晴臣こそが「風をあつめて」的な普遍的良曲・フォーク志向の作品が多い。

(「十二月の雨の日」のようなメロ系大滝作品、「敵タナトスを想起せよ!」のような前衛細野作品もあるが、どちらかと言えば、の話である。)

 

70年代の二人の関係もそんな感じで、細野晴臣が売れ線に近く、大滝詠一がアングラの王みたいな雰囲気だったらしい。*2

 それが80年代にきて多くの人にとっての印象がぐるりと引っくり返ってしまうのだから、旧来のファンは驚いたに違いない。

実際ロンバケは旧いファンからの受けは悪かったらしい。そんな気もする。

 

 

とまあこのようにロンバケ上質ポップアルバムと捉えられ、今までJ-POP界の金字塔としてあがめられ、

邦楽名盤選企画をやれば、常に高位にいる押しも押されぬ名盤として知られる。

 

なのだが、実はロンバケの海外での評判は芳しくないらしい。

なんでも「自分の国でもそういうのはある」ということ。

多分そういう人はLarry Lee的な捉え方をしているのだと思う。

あとは、この前サンソンで流れたThe Jodellesとか。


Larry Lee - Number One Girl (1982)

 


Jodelles - My Boy 1983 (ARO302)

 

 

またこの記事はみんなで同時ロンバケレビュー企画の一つなのだが、

恐らく他の記事はその美しいポップさウォール・オブ・サウンド豊富な引用

あとは当時はやっていたと言われるオールディーズリヴァイバル等について書くのではないだろうか。

ちょっと話題が被るのは避けたいところ。

 

 

そこで、今回僕はある一つの説を提唱したい。

海外向けにいかのこのアルバムが非凡かの説明にも使える、

しかも他人との被りも全くないと思われるが、反論が多そうで黙ってた論、

ロンバケA面=Fantasmaである。

Fantasma

Fantasma

  • アーティスト:Cornelius
  • 発売日: 2010/11/03
  • メディア: CD
 

 やめて、石を投げないで!このブログにDoS攻撃しないで!

 

僕が突拍子もないことを言ってやがると皆が思っているのは分かっている。

しかし、初めてFantasmaを聴いたときの僕の感想は「ロンバケじゃん!」であり、

僕にはどうもそうとしか思えないのである。

 

 

ロンバケは世紀の名曲・君は天然色からスタートする。


大滝詠一「君は天然色」Music Video (40th Anniversary Version)

 

PVではカットされてしまっているが、最初の深いエコーのかかったチューニングがアルバムにとっては非常に大事。

これによりステレオとリヴァーヴの組み合わせをアルバムで聴かせるぞ、という宣言がなされている。

 

 つまり、このチューニングはこれから宅録バイノーラル録音をアルバムで聴かせるぞという宣言をする

FantasmaにおけるMic Checkと全く同じ役割を担っていることが分かる。

MIC CHECK

MIC CHECK

  • provided courtesy of iTunes

 

その後に続く君は天然色そのものもなかなか変態的な曲である。

なにせ四拍子なのにバックが三連符によって三の倍数拍子を刻み続けるのだ。

そしてころころ調が変わっている。なのにそう思わせないテクニック。

 

また、かなり面白いのは♪別れの気配を♪のところの効果音

ビブラスラップと一緒に野球中継の歓声が入っているだけでもなかなか前衛だが、

それの定位を右へ左へと目まぐるしく変化させている。

定位が左右にガンガン振れていく曲というのは当時としてはプログレかクイーンぐらいであったと思うのだが、

こういう爽やかソングと合わせることによって、その前衛性をうまく中和させている。

またイントロだけでもマニアによれば3,4曲の引用があると言われるほどの凝った趣味性。

 

変なリズム、動き回る定位、奇天烈なサンプリング、趣味性の強い引用、でも爽やかな歌もの、

これは全くFantasmaに入っている曲と同じに思えてしまうのは僕だけだろうか。

THE MICRO DISNEYCAL WORLD TOUR

THE MICRO DISNEYCAL WORLD TOUR

  • provided courtesy of iTunes

 

なにもこの特徴は君は天然色だけではない。

Velvet Motelではあの有名な男女歌い分けが入っている。

歌詞の一音節ずつ左右の定位に割るのは今でもあまりに斬新である。

Velvet Motel

Velvet Motel

  • provided courtesy of iTunes

 それだけではなく、このチャッチャッチャッチャというラテン風リズムの扱いもすさまじく、

要所要所で途切れさせたり滑らかにさせたりと自由自在に扱ってしまう。

 

 

実はA面で一番普通な曲は、人気のカナリア諸島にてだったりする。

カナリア諸島にて

カナリア諸島にて

  • provided courtesy of iTunes

 これはA面にあまりに前衛的な作品が多いため、箸休め的な意味合いがあるのだろう。

とは言えど、メロを聴かせる曲でも名曲であるので大滝詠一の単純なポテンシャルの高さがうかがえる。コーラスが対位法的でカッコイイ。

ちなみにFantasmaロンバケと決定的に違うのはこういう箸休め曲であり、

箸休めにも実験を盛り込んでしまった点がエポックメイキングだったのだと思っている。

CHAPTER 8 ~SEASHORE AND HORIZON~

CHAPTER 8 ~SEASHORE AND HORIZON~

  • provided courtesy of iTunes

 

で次のPap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語でノヴェルティと称したこのアルバム最高の実験音楽が鳴る。

Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語

Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語

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 松武氏をシンセサイザーに使い、YMOでも鳴らさないような妙な効果音が飛び交う。

またギターがオクターブ上下をしながら短いフレーズを繰り返すが、

これもどう考えたのか謎すぎるものである。鈴木茂か誰かが作ったか引用かな。

なんて思っていたらハニカムズの引用指定のフレーズらしい。

 

 

 

特筆すべきはシンセサイザーで歌パートを作ってしまったところ。

曲名になっているPap-Pi-Doo-Bi-Doo-Baの箇所がそうである。歌詞カードにも載っている。

松武氏と一緒にかなり苦労して作った逸話が今でもよく語られる。

コンピュータで...とか歌声風に...とかならそれ以前にも(少数だが)あるのだが、

シンセサイザーに歌詞を歌わせたのはこれが史上初な気がする。

 

勿論、定位の奔放な使いかたはこの曲にも存分に使われており、

シンセが左右に飛び交い、両耳で大滝詠一が同時に歌う

 

A面最後のわが心のピンボールは不思議な曲である。

我が心のピンボール

我が心のピンボール

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 王道ロック風であり、このアルバムに合わないかと思いきや奇跡的なバランスでマッチしている。

この曲には今まで紹介したようなギミックは仕込まれていないのだが、

このアルバムの中にこの曲を放りこむこと自体が実験として成立してしまっているのでそれで良いのかもしれない。

For Youの中でHey!Reporterが完全に浮いてしまっているのとは対照的である。


Tatsuro Yamashita - Hey Reporter!

 

さて、ここまでA面を見てきたがとんでもなく前衛だということが分かったと思う。

ポップさに隠れてしまっているのだが、YMO「BGM」並かそれ以上の前衛性が隠されている録音技法である。

よくこれを百万枚売りましたね…

 

さてB面である。こちらは歌謡的サウンド面の前衛は抑え目であるサイド。

 しかし、こちらではこういう説を唱えたい。

ロンバケB面=坂本慎太郎である。

幻とのつきあい方

幻とのつきあい方

  • アーティスト:坂本慎太郎
  • 発売日: 2011/11/18
  • メディア: CD
 

 やめて、家に火をつけないで!このブログにウイルス仕掛けないで!

 

うん、こっちはやや強引かもしれない。

つまるところ歌詞や歌い方の斬新さ、そしてメロに注目するのがB面である。故に海外の人には分かりにくいかもしれない面。

 アレンジャー大滝ではなくシンガー大滝、そしてもう一人の主要人物・松本隆の登場である。

 

B面頭はそんなB面を象徴するかのような雨のウェンズデイ

水曜日に雨が降って喜んでいる奴は全員ナイアガラーである。*3

雨のウェンズデイ

雨のウェンズデイ

  • provided courtesy of iTunes

 ここで大滝詠一十八番の意味を破綻させた歌い回しが楽しめる。

例えば、歌いだしは

壊れかけたワーゲンの

なのだが、一体どれほど多くの人が和弦だと思ってきたことだろうか。

また♪静かすぎるから♪の「ら」の音はほとんど発音していないに等しい。

さらにその直後の歌い方も変で

海が見たいわて言い

出したのはきみの方さ

という感じ。

わってわてに変化、そして「言い出して」がぶつ切りされている。

 

どれもこれも一人カラオケで歌ってみれば分かると思う。

そう歌うとバックにピッタリと合い、松本隆の歌詞のリズム感が最大限発揮されるのだ。

はっぴいえんど時代からの交流がなす、みごとな連携プレーである。

 

 

スピーチバルーン大滝詠一のラジオ番組の題にもなった。

スピーチ・バルーン

スピーチ・バルーン

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 こちらの節回しはわりと普通なのだが、歌詞が面白い。

細い影は人文字

海の背中に伸びている

君は春の客船

冬の港 見てるだけ

スピーチバルーン-大滝詠一

 こうやってみるとえらくシュールな歌詞である。

それでも歌になってしまうとパッと情景が浮かんでしまうから凄い。

この意味が分かるか分からないかギリギリを攻めた詞は正しく歌わないと伝わらないと考えたのだろう。

松本隆、そしてシンガー大滝の本領発揮である。

 

そして大人気・世にも珍しい片思いフラれソングこと恋するカレン

恋するカレン

恋するカレン

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 こっちはなかなか歌詞が変質者的なので壮大なアレンジで聴かせようとしたに違いない。

コーラス隊やストリングスで、「ちょっとした楽団」のような空気になっている。

このアルバムにおいての一番のウォール・オブ・サウンド曲。

 

そして、FUN×4でこのアルバムは実はおわり。

FUN×4

FUN×4

  • provided courtesy of iTunes

 またA面っぽい前衛的作風に戻ってきた。

歌詞とリンクした効果音や女性のセリフは女性に歌わせる、そして様々な曲の露骨な引用など、遊び心満載。

歌詞も今までとうって変わって明るい内容。

ここまで失恋の歌ばっかりやってきたので幸せに「はっぴいえんど」で終わらせよう、という意味があるらしい。

 曲中流れていた手拍子が最後でアンコールの拍手に変わるのも面白い演出。

 

そしてアンコールで呼び出されるのがさらばシベリア鉄道である。

さらばシベリア鉄道

さらばシベリア鉄道

  • provided courtesy of iTunes

この曲についてマイナスなイメージを持っている人もいるかもしれないが、

曲単体で楽しむのではなく、アルバムの構造上必要な曲。

 こういうアルバムの構造を使ったギミックこそがこのアルバムの真骨頂である。

 

 

さてこのアルバムなのだが豊富に、そして分かりにくく隠されたギミック

明るい曲調に似合わない鬱々とした歌詞など、

僕は日本版Pet Soundsのようにも感じている。

Pet Sounds

Pet Sounds

  • provided courtesy of iTunes

 

丁度Fantasmaが日本版Smileと言われているように。

 

Good Vibrations

Good Vibrations

  • provided courtesy of iTunes

 

 そう、この二つをつなぐものは他でもないBeach Boysである。

それぞれのBeach Boysを目指して作成されたであろうこのアルバムたちは、根底において同質であるのだ。

 

海外に目を向けてやると、多くの国において、多かれ少なかれビートルズやそれに影響を受けたバンド群に強い影響を受けた名盤が多くみられる。

しかし日本の名盤はどれもこれも多くの根底にあるのがBeach Boysなのである。

このことが邦楽が他国の音楽とは一線を画す要因になっているのではないだろうか。

 

シティポップに代表される、爽やかなのに前衛的で意欲的な作品群。

まるでビートルズではなく、Beach Boysが軽音楽界を席巻した世界線の音楽のように海外では聴こえているのかもしれない。

 

我々は平行世界の音楽ファンなのである。

 

 

 

 

 

 


大滝詠一『A LONG VACATION 40th Anniversary Edition』Trailer

*1:3/21のこと

*2:大滝詠一曰く、「オンドアゲインでやめていたら『カルト的音楽家』と称されて逆に箔がついたんじゃないか」

*3:日曜日の雨に喜んでいるならたまのファンである。

Hea Hoa/Feeling B【1989】

〈〈党認可済〉〉

Hea Hoa

Hea Hoa

  • アーティスト:Feeling B
  • 発売日: 2007/02/19
  • メディア: CD
 

 

 

 旧共産圏のテクノ音楽が音楽通の間でここ数年流行っている。

Vaporwaveに引っ掛けているんだか分からないが、Sovietwaveと称され、その名で検索してみればいくつも引っかかるほどの人気っぷり。


Our Dream - Sovietwave Mix

共産圏では「科学の勝利」をテーマにしている節があるので、案外電子音楽と相性が良かったのかもしれない。

 

しかしながら、基本的に共産圏では急進的な音楽は固く禁止されており、一応(Sovietwaveのような)ロック的なものは演奏することはできた*1のだが欧米のロック、特にパンクを聴いたらしょっぴかれたらしい。

パンクは「民主主義の欠陥」であるとされたのだ。

それ故共産主義では自然発生しないとされ、パンクをやる人は民主主義世界から悪を持ち込んだ人物として秘密警察に目を付けられたらしい。恐ろしい話である。

 

といっても、どこにでも抜け穴はあるもの。実は東独では非合法ながらも教会でロックが鳴らされていたらしい。

ドイツでは教会の権力が強く、たとえソビエトでも宗教を一掃できなかったそう。そこで教会が「礼拝」と称し、エリック・クラプトンとかディランとかを演奏させていたそうな。どう考えても礼拝ですね。

 

 そんな中、ファクトリーレーベル*2の連中が無謀にも東独で教会ライブを企画、なんと警察にしょっぴかれずに演奏しきったところから東独パンクが活性化していく。

そんな東独パンク勢中でも屈指の人気を誇っていたのがFeeling Bである。

 

 

設立は結構早く1983年。ただ、初期は古くから伝わっているフォークソングをやっていたらしい。それだったらイイヨと党の演奏許可ももちろん下りるわけだが、だんだんパンク化

迫害されながらも基準ギリギリのところを綱渡りし、演奏許可を更新し続けた*3というから凄い。

 

そして段々と政府も対応を軟化していき、彼らに東独初めてのパンクアルバムを作ることを許可する。

それがこのHea Hoa。ちなみに正式名称はHea Hoa Hoa Hoa Hea Hoa Hea。長い。

 

 

一曲目の始まり方はパンクというよりちょっとプログレっぽい。


Feeling B - Artig (Lyrics)

 

もともとフォークソングをやっていたというだけあって、メロがちょっと民謡っぽくて非常にポップ

またこのアルバムに特徴的なのが途中でサイケな管楽器が挟まるところ。パンクなのに。

彼らは(違法で)様々な海外の音楽を聴いていたというから、パンクをベースに色々取り込んで政府をぎゃふんと言わせたかったのかもしれない。歌詞もやや含みを持たせていながらも政府批判が入っている。大丈夫なのか。

 

僕らは常に良い人でありたいんだ

それがあいつらが僕らを好きになる唯一の方法なんだから 

誰もが一人で生きていて、

夜になると星が降る

 Artig-Feeling B

 

このアルバムで一番人気なのはMix Mir Einen Drink。飲み物一つちょうだい!


Feeling B - Mix mir einen Drink

フォークソングっぽい始まり方だなーとか思っていると、一気にパンク化するので注意。 その後またサイケポップみたいになったり忙しい。

そして繰り返されるフレーズ。このMix Mir Einen Drink♪が滅茶滅茶耳にこびりつく。

今日これを歌いながら銭湯行ってラーメン食べて帰ってきたのだけれどまだ蝸牛に居座っている。よいメロは海を越えるね。

 

 

またこの手のバンドに珍しくキーボードがいるので、一部の曲はニューウェーブっぽい空気感も感じられて素敵。


Feeling B - Du wirst den Gipfel nie erreichen (Lyrics)

普通にSovietwaveと一緒に紹介しても全然遜色ないニューウェーブ風パンク。

8ビットゲーム機みたいな音のキーボードがかわいい。

他にろくな鍵盤がなかったので使っているに違いのだが、そのチープさがかえってこの曲の魅力をより際立たせている気がする。

 

さて、こんな曲を許可したということはそれだけ政府の力が弱くなっていたということ。翌年ベルリンの壁が崩壊、東西ドイツが統一するが、統一後西の人たちからも彼らは注目されドイツの音楽ファン間で有名な存在になる。

 

この後3rdまで出して解散してしまうが、メンバーも参加する後継プロジェクト・ラムシュタインにそのノリが受け継がれる。


Rammstein - Feuer Frei! (Official Video)

こっちは知っているよ!という方は多そう。彼らはメタルだが、実は東独のパンクバンドのメンバーによって作られたバンドなのである。

 

ちなみにベルリンの壁崩壊にも彼らをはじめとしたパンクバンドが一役買っていると言われる。ドイツでは歴史上音楽が「実利」として存在する瞬間が度々あったと僕は思っているが、その中でも最も功績のあるものは東独パンク...なのかもしれない。


01-Hea hoa hea hoa hea hoa hea - Feeling B (Full Album)

 

 

*1:ただし楽器の所持や演奏には党の許可が必要だったし、欧米のロックは聴けない

*2:ジョイ・ディヴィジョンのレーベル

*3:なんでも自分でコンサートが開催できるほど自由にやっていいという許可を得たらしい。

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