新時代のジャズだぜよ!
ジャズと言うと、結構難しいイメージがある。
実際そのイメージが当たっている曲も少なくない。
先日ここに書いた「銀界」なんかはそこら辺の大学生に聴かせたら逃げ出す。
ジャズの偉いところはその先進性だと思う。
ほとんどのジャズジャズしている人はあまり懐古的にならず
常に前を向いて頑張っている印象がある。
リバイバルと言って古いものに頼りがちなポップスやロックとは一線を画す大事な要素だと思っているのだが、
それ故にこの人笑顔で一体何やってるんだサイコパスかこいつ状態に陥りやすい。
例えばラリー・オークス。
この人はジャズの中でもさらにとりわけ先進的な人なのだが
彼の演奏があまりにぶっ飛びすぎていたため
「こんなのジャズじゃねえ!」と聴衆からブーイングされ、
警察に通報されるという事件が起こったことがある。
駆け付けた警察は「ジャズじゃない」と判断。お前が決めるな。
結局特に何事もなく終わったのだが、この「ジャズ警察事件」をきっかけに
音楽界隈で「これは○○じゃない!」文句を垂れる人ことを「○○警察」というようになったそうな。*1
そんなジャズ界隈でも先進性と聴きやすさを兼ね備えようとしたのはハービー・ハンコック。
マイルス・デイビスのバンドにもいた名ピアニストで
音楽博士とともに電気工学博士も持っている理系の鏡である。
初期はかの有名なブルーノートにいくつか作品を残しているが、
そのどれもがジャズのわりに聴きやすく、かといって先進性を捨てていないものばかり。
彼がブルーノートを離れる頃マイルス・デイビスがエレクトリックジャズにハマっていくのだが
時を同じくして師匠ともどもエレクトリック沼にハマっていく。まあ電気工学博士だし。
マイルス・デイビスのエレクトリックジャズは例にもれず難しい。
そこら辺の大学生に聴かせたらやっぱり逃げていくだろう。
ハービー・ハンコックはもうちょっと聴きやすくできないか?と考え
色々試行錯誤の上アルバムを作る。それがこのHead Hunters。
この一曲目からもう引き込まれるぞ!
Herbie Hancock - Chameleon (FULL VERSION)
ノリノリなシンセベースに始まり
16ビートで色々と楽器隊が乗っかってくる、
滅茶苦茶にファンキーなジャズ。
ファンクと言うと、この時代以前にはスライ&ファミリーストーンなんかが思い当たるが
ああいう人間味のある芋臭い曲ではなく、リズム隊が正確無比で
ジャズらしい洒落た雰囲気を漂わせているね。
そして間奏ではELPもかくやというほどのシンセ捌き。
ちなみにこの間奏では、シンセのチューニングを間違って設定してしまい
慌てて演奏中に元の音程に調節しなおしているのが注目ポインツ。
なんだかジャズなのにどこか同時代のロック的でもあるね。
そしてなんといっても普通に聴きやすい。
さあ、聴くぞ!と構える必要はなく、風呂場で鼻歌歌いながら聴ける。
この曲のシンセベースはARP ODYSSEYというキーボードで鳴らしているのだけれど、
ODYSSEYの存在意義の6割弱くらいはベースなのは多分この曲のせい。
このアルバムを聴いた坂本龍一がすぐに買ったという話もあるね。
次のWatermelon manはブルーノート時代の持ち曲のセルフカバー。
しかし、かなりファンキーになっていて原曲とはほとんど別物になっている。
なんだか一緒に挟まる謎の掛け声と相まって
ホーミーみたいな管楽器の音が印象的。
これが強烈に印象的で、当時の人にとっては衝撃的だったらしく
今やこっちのセルフカバーバージョンの方が有名になっているほど。
この聴きやすくも前衛性や先進性に富んだこのアルバムはジャズチャートで一位と大反響、
ローリングストーンの「最も素晴らしいアルバム500」の中にも498位でギリギリ滑り込む。
まあ、でもローリングストーンはロック推しなのに入り込むのは流石。
ロック・ジャズ双方に影響を与えたアルバムということだね。
このロックとジャズの合わせ技のような音楽は後にフュージョンへと進化し、
聴きやすくも先進的な音楽として世界中に広まることになる。
そのためかHead Huntersにはフュージョンに必要な技法がこれでもかと詰め込まれているとも言われる。
さてこのアルバム自体は前述のとおり大成功だったのだが
往年のジャズファンからは「ピアノを弾けなくなったから奴はシンセに逃げたんだ!」
と不評だったらしい。僕はピアノからそういう逃げ方したけど
ライブ中そういうヤジが飛んできたこともあったそうだが、
その場でピアノを持ってこさせ、華麗に弾いて見せたというカッコいい話がある。
その後もなんだかAORを歌ってみたり、ヒップホップをやってみたり
それらで例のごとくジャズファンに怒られたかと思えばどどどどジャズのバンドを組んでみたりと
マイルスと同時代の人とは思えないほどの精力的な活動をしている人である。
そしてそのどれもが後続に影響を与えているから凄い。
「ジャズ」というのは何物にも囚われない心意気だという出所不明の話をたまに聞くけれど
ハービー・ハンコックがそれを最も地で行っている人かもしれない。
出所不明の話だけど。
Head Hunters | Herbie Hancock | 1973 | Full Album