風の歌を聴け(直接話法)
カランカランカラン...
おお、よお兄弟、大分ご無沙汰だな。お前がこのレコードバーにやってくるのは久しぶりじゃないかい?
ああ、「仕事」があったのか。それならば仕方がない。ご苦労様だ。
「仕事」の成功を祝って、ちょっと乾杯しようじゃないか。
マスター!ソルティドッグとピーナッツをこいつに。大丈夫、おごりだよ。
Cheers!
お前のいなかった間にこの国もだいぶ変わってね。まあなんだい、ちょっとした事件があったってことよ。
悪いニュースと良いニュースがある。どっちから聴きたい?
...ああ、まずは悪いニュースか。風の大久保氏が亡くなったそうだ。
ああ、お前の大好きな風だ。オレたちが学生のころコピーもしたな。あの頃のオレたちは平和だった。
泣くな泣くな。そこまでショックを受けるとは思わなかった。ごめんよ。
なに、良いニュースもあったもんじゃないって。そんなことはないぞ。
何せ、その直後にサブスク解禁したんだ。もちろん風が、ね。
不思議だろう?大久保氏の死に合わせたようなタイミングだ。
もしかすると、天国の大久保さんから汚れちまった俺たちへの贈り物、かもしれないな。
おいおい早速スポティファイに落としまくってるのか。俺も全部入れてしまったよ。
こんな話をしていたら、久しぶりに風を聴きたくなってきた。おお、お前もか。
マスター!最高のバンド風、その最高のアルバム海風を流してくれ!
ズゾゾゾ....
やはり、風というバンドの素晴らしさを最も端的に表した曲は、俺たちもコピーしたこの一曲目、海風だと思わないかい?
なんせやっているのは伊勢正三、フォークバンドの代表格・かぐや姫のフロントマンだ。
伊勢正三といえば神田川、そして四畳半フォーク。70年代に勢力がどんどん広がっていたロック好きからしたら、時代遅れの印象が強かったんだろうな。
そこへ一発風というカウンターをかましたのが伊勢正三の天才たる所以、そう思わないかい?
俺は昔からフォークが好きだったが、風の出したあの1st、特にあそこに入っていたでいどりーむは衝撃的だったんだ。
もう殆どニューミュージックだったんだ。フォーク畑の伊勢正三が、ここまで完成度の高いニューミュージックを出すとは思っていなかった。
あとから知ったが、編曲が松任谷正隆、コーラスアレンジが山下達郎らしい。当時勃興していたロック勢力への対峙の側面があったんだろうな。
もっとも1stアルバムはフォークが多かったんだが、このニューミュージック、そしてソウルへと進化したのが海風というアルバムであり、曲だと思うんだ。
最近はシティポップブームとか言っているが、風を大きく見逃している時点で何もリバイバルしちゃいないんだよ...
おっとすまない、お前にはもう何度もこの話をしたんだったな。
こんなことを話しているうちにもう「酔いしれた男が一人」になっているじゃないか。
この点を置いていくようなリズム感、もはやフォークというよりはソウルだと思うんだ。
ああ、何々...なるほど、こういうソウル感が渋谷系後期の点を置いていくような音像に繋がるという説もあるな。さすが「仕事」、各国の音楽人へのインタビューをしているだけはあるな。
アンビエントとソウルはもしかするとその点において同相なのかもしれないな。
マスター!B面も頼むよ。
こういうバラードを聴くと、伊勢正三はフォーク畑の人だったと感じられるよな。
この泥臭い歌とロサンゼルス録音による垢抜けた音質が同居している空気感は、70年代の日本人の録音じゃないと楽しめないよな。
ああ、もう時間がないかい?せっかくだし、最後は大久保さんの曲を聴いて帰ったらどうだい?つぎはお前の好きなあの曲だろ。
大久保さんも、伊勢正三の陰に隠れがちだけれどハイレベルな曲を書く人だよな、本当に。
これなんかほとんどセンチメンタル・シティ・ロマンスじゃないか、ってお前が興奮していたのを覚えているよ。風の二人も、相当意識していたんだろうね。
そういや、センチメンタル・シティ・ロマンスの中野さんも亡くなってしまったな。
息の長くて優れたバンドだったから、とても悲しいよ。
今元気に活動している人たちも見られるうちに見ておいた方が良いのかもな。
なにせ俺たちが死神のお世話になってしまうかもしれないからな!ハッハッハ!
またこのバーで会おうじゃないか、兄弟。次来たときは、お前がおごってくれよ。
カランカランカラン...