和アンビエント真打
シティポップ以降、色んな日本の音楽が国内外の人によってほじくり返されている。
たとえば和ジャズとかね。特に僕の地元・東北の陸前高田のジャズ喫茶、ジョニーが制作していたJohnny's Diskというレーベルの再評価はすさまじい。
ジャズファンからの支持は元々高かったらしいけれど、今やそれ以外の音楽ファンや海外の音楽通からもよく知られた存在になっているよう。あれもこれもシティポップのせい。
この前東北ジャズ回顧展みたいなものが仙台であったのだが、もちろんジョニーの展示も相当取り上げられていた。撮影禁止で写真が撮れなかったのが残念。
その和モノブームでもシティポップに次ぐ人気と言えるのがアンビエント。Light in the Atticから出ていた日本のアンビエントを集めたコンピがグラミー賞にノミネートされていたのも記憶に新しい。
つまり皆さん、留学や海外赴任等の事情で外国に暮らすことになった時、万一音楽好きが周りにいたらこう訊かれることを想定しないといけない。
Hey, you're Japanese, right? If so, you must know a lot about ambient music. Do you have any opinions about ambient music?
ねえ、君は日本人だよね。そうであるならアンビエントに相当詳しいと思うんだ。アンビエントについて何かしらの意見を持っていたりするかい?
これは英検準一級の面接問題の一例として、または某国立大学の入試問題の一つとして取り上げられるのではないかと、関係者の間ではまことしやかに囁かれる。その関係者とは僕です。
つまるところ、日本の音楽ファンにおいてアンビエントの履修が当然の時代。もはやパンク、オルタナに並び立つ存在にアンビエントはなっているのだ。*1
というわけでアンビエント入門編として吉村弘のGreen。件のアンビエントコンピで取り上げられた人たちの中でも特に評価の高い人物であり、そして彼の最高傑作と言われるアルバムでございます。
吉村弘は音大とかではなく、早稲田大の第二文学部出身。早大二文は夜間部なのだが、永六輔に大滝詠一、タモリなどの文化人を数多く輩出しており、夜間部なのに一番早稲田っぽい学部とまで言われた学部だそうだ。吉村弘はここで美術を専攻している。
その後かのタージマハル旅行団に在籍し、その頃はスピリチュアルジャズで知られる富樫雅彦とも共演したらしい。多分その場にいたら僕は失神していたどころか、命が危なかっただろう。
その後サウンドアーティストとして楽器を作ったりサウンドロゴを作ったりするなど環境音楽家として精力的に活動。
その中で一般的に最も知名度のあるものは恐らく東京メトロ南北線の発車サイン「音無川の流れ」(下動画10:39~)。1991年に採用されたそうだが、全然古びていないところに彼の手腕の高さが見て取れる。
吉村弘の面白いところは自然は勿論、都市も愛したところ。
アンビエントの人は自然派とかオーガニックに走りやすい傾向があり、実際自然派アンビエントと小ジャンルとして纏められるほど数がある模様。個人的には昨今アンビエントと一緒に紹介されることも多いニューエイジ音楽はこういう自然主義の極北としても考えられる気がする。
敬愛すべき音楽通、門脇氏のプレイリスト
勿論吉村弘も自然大好き人間なのであるが、それと同じように都市の中に潜む音も相当熱心だった様子。例えば都市の中で生まれる良い音を、使えない構造物を指す「トマソン」になぞらえてサウンドトマソンと命名し、蒐集したらしい。例としては図書館の通風孔から出てくる風の音。
こういった都会の雑音をディグするのはもう完全に向こう側に行っているが、それゆえ(?)自然主義に加え独特の未来感や都市の空気を受ける作風があるのが吉村弘の魅力。
今作Greenの幕開けCreekは日本のみならず、アンビエントの代名詞的存在になっている節もある。
後輩曰く、Ambientで調べたらこれが出てきたとのこと。もうブライアン・イーノも落とす勢いである。
アンビエントにしては割とポップな印象を受ける、ポコポコサウンド。このポコポコはお気に入りらしく、先ほど紹介した音無川の流れの音像にも似ているね。ポップと言えど無駄な音は極力排除し音の強弱で曲が展開されており、アンビエントとミニマルの美学のお手本のような、素晴らしい音楽。
そして空気感はなんだかル・コルビュジェの家とかを彷彿とさせるモダニズムな印象。
すごーく卑近に言えば無印良品チック。Greenの名の通り、観葉植物(アロエみたいなの)が置いてあるラーメンズがコントやってそうな真っ白い部屋で聴きたい感じだ。
曲名もCreekにFeelにSleepにTeeveeと、無印良品っぽいモダンな感触。
Sleepという曲を含んでいるがこのアルバム、その看板通り本当に睡眠導入BGMとして完璧ともいえる活躍をしてくれる。
いや退屈ということではなく、聴き入っているのに眠ってしまうという不可思議な、このアルバムでしか体験したことのない謎の現象が起きるのである。
実際ライナーノーツで本人がこれを聴きながら眠ってしまった旨を話しており、やはりそういう性質がある模様。
そして驚くべきことになんとこのアルバムはFM音源を使って製作されたそうだ。FM音源とは駅のチャイムみたいなデジタルシンセである。初音ミクの元ネタとしてもお馴染みのシンセ、DX7もFM音源。
実際ヤマハの音源らしいのでグレードの差はあれこのシンセとほぼ同じものを使っているんですよ。とてもそうとは思えない...
この驚きはレイ・ハラカミの機材が店内BGMに使われるハチプロのみという話を聞いた時と似ている。作風もどこか似てるしね。
同じく再評価されつつある吉村さんの仲間、廣瀬豊氏によると「お洒落で温和」という感じの人だったらしい。ハイセンスな人だからこそ当時の他のアンビエントとは一線を画す作品に仕上がったのかもしれない。
*1:いや、なってほしい。