神様が棲む村のうた
ヒップホップ、特にラップというと個人的にはあんまり聴かない。トラックの方はよく聴くのにね...
が、なんにでも例外と言うものがあるもので、この人は別だよな~という方がいる。志人である。その手のファンには著名らしいけれどこのブログで紹介するのは初めてなのでまずは略歴を。
志人はMCなのるなもないという方と一緒に降神というユニットをやっていたラッパー。
降神は所謂文化系ラップとしての解釈もできるグループだと思うのだが、詩のお手本のような硬派な韻の中に教科書で読んだような文章たちからの引用がしれっと使われ、僕のような部外者の思うヒップホップのイメージを打ち砕いてくれる、他に類例を知らない作風。これを聴いてしまうと安易に文化系ラップとか言いたくなくなる。
これが入っているアルバムは自主制作で出たらしいのだがこの通り恐ろしいほど完成度が高く、3000枚というインディーズにしては破格の売上を誇ったそうな。「インディーズではあり得ないほど売れた」と言われたあの相対性理論のシフォン主義が4000枚と近い数字、メジャーから出たはずの大滝詠一「レッツ・オンド・アゲイン」の3.7倍と言えばその破格具合が分かると思う。
なのるなもないも志人と比肩する人物なので是非聴いてみてね。
そして降神で二枚アルバムを出した後志人はソロでのアルバムを出し始めるのだが、神がかった領域へ突入する。
なんか最早ヒップホップとかではない。*1
声明や民謡を彷彿とさせる何かの気迫が凄まじい。ラップで大事な韻も踏んでいない方が珍しいなる状態になっている。ヒップホップファンによれば彼こそ日本語ラップの最高到達点とのこと。和魂洋才の擬人化である。
昨今は民謡クルセイダーズに始まり日本の古い文化を現代風にソフィスケイトして演奏するのが一種のトレンドになっているが*2、その先頭を突っ走ったのが志人なのかもしれない。
その後は京都の山で木こりをするなど音楽家というか、仙人じみたことをしている模様。
あまりに凄すぎてロバート秋山の動画に見えてきた。
そして彼の最新作こそが心眼銀河。今年の五月に出た。
こらそこ!発売5か月たった今更書くのかとか言わない!お金がなかったんだよ!
ただこの作品、著名音楽家の新作であるにも関わらずサブスクなし、Youtubeのティザーなし、販売も限定されたインディーズ盤と非常にハードコアな商法をとっている。
ただ最後の慈悲としていくつかサンクラに曲が投稿されているので、ここから試聴しよう。
一曲目の震えあがるほどレベルの高いインストアンビエント後、志人の十八番・ポエットリーリーディングのようなラップが始まる。
寺で説法を受けている気分になるのは僕だけではないはず。
志人印の固い韻で綴られた詩で「心眼銀河」の哲学が伝えられる。そこらで砧を打っている村のようなリズム感が癖になるね。
そしてそこから歌ものにシームレスにつながるのもプログレ好きとして大好物です。
このアルバムではサンプリングなしに80's~90'sのヤマハ機材*3を使って作曲しているらしい。
それゆえかヤマハ音源独特の空気感が出ており、先日記事化した吉村弘にも通じる音像が散見される。この曲ではないが、Creekによく似たころころした音も出てくる。
ただ吉村弘は都会の中の自然を想起させられるけれど、志人は飛騨や木曽の夜を想起させられる。似た機材でも人によってこんなに変わるんですね。
冥丁など和の空気を携えたアンビエントが昨今人気だけれど*4、それに対しての回答とも捉えられるね。
今作ではボーカルのスタイルが曲毎に違う。例えば下の曲では比較的ラップらしいラップが聴ける。
そしてどんなスタイルでも志人流になるのは流石。Sam Gendelばりに記名性が高い。
外来語が詩中に出てきても全く日本的空気感を失わないのはこの人にしかできないね。
無意識中に祈りの手みたいに合掌して聴いてしまった。借金してでもとっとと買うべきだった。
僕は45分以上あるアルバムは助長に感じてしまうのだが、このアルバムは一時間以上あるのに短いとさえ思ってしまう。唯一無二の世界観に浸っていたくなるね。
個人的にはPizzicato Fiveのさえらジャポンと対にして飾りたいように感じた。
さえらジャポンは享楽的、都会的作風で「どこかでみた世界」なのにどこにもない日本像を構築し社会批判したものだと思うのだが、
心眼銀河は内省的、自然主義的作風で「見たこともない世界」なのにどこかにあったかもしれない日本像を構築し自然回帰を謳ったような印象を受ける。
そしてなにより、このアルバムはゴッホの絵に感じるそれと同じような悟りの境地に近い人が作った芸術作品独特の迫力と一種の恐ろしさが漂っている。作風がまるで違うのに志人とフィッシュマンズは同じ感覚を何故か感じる、と誰かが言っていたが、それもこの境地故かもしれない。
このアルバムを聴いて夜の京都の街なんか歩いたらこの世ではない場所に行ってしまう気分になるはず。京都住みの人は是非異世界に行ってみよう。*5
このアルバム、アートワーク面も非常に凝っており最も豪華なものだと冊子がついてたり和紙でくるんであったりするらしい。
ここまでのモノだと神棚に飾りたくなる。
僕は予算の都合上通常版しか買えなかったのだが、非常に恐れ多いことに志人氏の書が入っていた。オーラが凄まじい。腰が抜けた。
そして何よりこの書を見ているとご利益がありそうである。さあ神棚へ...
おまけ
折坂悠太・国府達矢・志人などなどが一堂に会した貴重極まりない写真
吉祥寺スターパインズカフェ
— 折坂悠太|OrisakaYuta (@madon36) October 2, 2018
『nijinohoshi 10 涅槃虹』来てくれた方、有難うございました!志人・スガダイロー、国府達矢バンド(仮)凄まじかった。O合奏は二度目のフル編成、次につながった。最後に3組で「星めぐりの歌」を合奏。マリカーのレインボーロードへ突撃するイメージで。 pic.twitter.com/Rrxg4cam2L