死に一番近い音楽
いつもはPCから書いているものの、不注意でメガネがブロークンしました。PCの画面が全く見えないので今回はほぼスマホから書いてます。
それ故読みにくい箇所があるかもしれないですがご了承くださいな。
先日、このようなものを作った。
そう、巷に言う「私を構成する9枚」である。
実は以前にも9枚選んでおり、それらをこのブログの初期に取り上げた。
上に示した新作はサークルの新歓のために作った、いや作らされたもの。
皆さん新入生に向けて優しく普通に好きなものを選んでいる中で、
どうせなら意地悪いものにしようと全部サブスクで聴けないヤツを選んだ。
悪いだろ〜
これからこのブログではこの9枚の紹介をぼちぼちしていこうと思います。
まあでもすでに取り上げたものもあるのでそれは割愛。
今回はこの中でも異色なフルトヴェングラー指揮のブラームス第一番、
もっと細かく言うと、1945年1月23日、ベルリンでの録音を取り上げます。
タワレコの有名な企画ポスターに「No Music,No Life」と言うのがある。
一応説明しておくと、著名な音楽家が「音楽」について一言名言チックなことを言う、という企画。
その中でも名作として今でも度々取り上げられるのは坂本慎太郎のもの。
音楽は役に立たない。
役に立たないから素晴らしい。
役に立たないものが存在できない世界は恐ろしい。
(坂本慎太郎)
かの大数学者・岡潔を彷彿とさせる名言。
音楽というのは基本役立たないのである。
役に立たないのは他にも芸術全般や数学、哲学なんかもそうだろう。
全体的に何らかの美学があるようなものが多いね。
だが、そういった役立たないものは人間がドツボに嵌まった局面に於いて途方もない力を発揮する。
数学であれば三平方の定理が有名。
中学校でも習う素朴な定理の一つだけれど、物理学が手詰まりに陥ったときに出てきた相対性理論には三平方の定理が根幹に使われていることは有名だ。
哲学も個人レベルで精神を救った人は数知れず、場合によっては曇った現状を打破しようとする社会運動にまでなる。
そして音楽。
今回取り上げるこの録音は、類稀な「音楽が森羅万象の中で最も役に立っているシーン」を収めたもの。
その凄まじさから今でもクラシックファンの間では語り草になるものである。
皆さん、1945年1月のベルリンと聞いて何か感づきませんか?
そう、時は第二次世界大戦末期。
当時のベルリンは敗戦色濃厚で、毎日のように空襲があったらしい。
ベルリンの街はズタボロで観客・団員もいつ殺されてもおかしくない状況下。
敵は連合国だけではない。
フルトヴェングラーはユダヤ人音楽家を匿っていたそうでナチスからも逃げなくてはならなかった。文字通りの死と隣り合わせの中での録音である。フルトヴェングラーが指揮をした1945年1月23日、このコンサートにいた人全員はきっと「自分の人生最後の瞬間」と思って来ていたに違いない。
この日の上演予定は本来モーツァルトの魔笛と交響曲だったらしい。
粛々と演奏は進んでいったが、突然
パッ
と明かりが消えてしまった。
発電所か変電所が空襲でやられたのだ。
突然の事態にオーケストラも驚き、演奏は中断。流石にこの中では演奏できないと、すごすごと団員とフルトヴェングラーは引っ込んでいった。
しかし、客は帰らなかった。
電気が止まったということはもうすぐこの劇場も空襲されるかもしれない。
そうなるなら人生をフルトヴェングラーの音楽で終わらせたい。そう願ったからである。
一時間後、フルトヴェングラーとオーケストラは再び壇上に姿を現した。
彼らもまた、タイタニックの音楽家の如く、演奏しながら死ぬことを決意したのだ。
その時演奏されたのがブラームス交響曲第一番、第四楽章である。
この状況下ではモーツァルトの様な軽快な音楽は似合わないと思ったのだろう。
第四楽章のみなのは、それしか演奏する猶予がなかったためとも、そこしか録音する余裕がなかったからとも言われる。
この演奏自体は多くは解説したくない。
死に一番近い音楽、その場の全ての人が必要とした別次元の音楽を皆さんの感性で聴いてほしい。
録音の音は良くなく、多くの上手い演奏家が戦死したため演奏も上手とは言えない。
しかしこんなに恐ろしく、痺れるような演奏はこの先滅多なことでは出てこないに違いない。
ちなみに同じ日、ギーゼキングというピアニストがベルリンでベートーベンを録音している。
そちらもフルトヴェングラーほどではないが凄まじい演奏である。何せ途中に空襲の爆撃音が入っているんだから。
*1:これについて掘り下げると、「芸術が宗教ではなく芸術自身を目的化した」なんて歴史にも繋がるけれど、
そういう難しいことはここには書かないよーん