サンバじゃなくてMPB
夏本番である。毎日永井博の絵のような快晴が続き、殺人的な暑さが人々を襲う。オリンピックなんかやるな
この夏を乗り切るため、ソニーが「夏の歌」特集ということで期間限定ながらも公式配信が無かったMVを幾つか公開している。この機会にぜひ見てみよう。
目玉は今まで低画質の無断転載でしか見られなかった君に胸キュソ君に胸キュンの無駄に高画質なPV。
いつみても奇怪なPV。
善良な音楽ファンの皆様はYMOにお熱だったが、個人的に気になったのはこれ。
ご存知の名曲・風になりたいのPVである。こんな低予算PVだったとは知らなかった...
この曲、実は中学時代大滝詠一・山下達郎と並んで聴いていたほぼ唯一の音楽だったので個人的にとても思い入れがある。
というわけで風になりたいが収録された極東サンバのご紹介。
The Boomというと島唄でバカ売れし学校の教材に乗るまでの知名度があるが、そのことでかえってあんまり音楽好きに顧みられていることが少ない気がする。
精力的に活動していたようで原宿の歩行者天国をインタビューしていた石野卓球にThe Boomが捕まっている動画がこの前上がっていた。
石野卓球の原宿ホコ天バンドレポート。
— JUNK (@xmbhwfqdx) July 10, 2021
アマチュア時代のTHE BOOMにインタビューする人生時代の石野卓球@retoro_mode pic.twitter.com/1RuvGhgL0G
The Boom、初期はスカっぽかったのだがのちに沖縄民謡に移行する。ここら辺は細野晴臣のトロピカル三部作の影響もあるよう。
やまとんちゅうである彼らがこういう歌を歌うのに批判もあったのだが、この歌のヒットが琉球音楽再評価にもつながることになり、後に沖縄の方にも認められたそうだ。
このヒットの後、フロントマンの宮沢氏は休暇を得てブラジルへ旅行する。そこでサンバに出会うのだ。
「参加した人のすべてが"俺が主役だ"と思える」「ストリートの音楽」*2がサンバだ!と思ったそうで、日本版サンバを作ろうということでできたのが極東サンバらしい。ちなみにブラジル旅行からこのアルバム完成までわずか半年、そしてブラジル旅行来なかった他メンバーの曲はなし。そしてメンバーそっちのけで外部音楽家を要所要所に使っているなど完全に宮沢氏のノリだけで作ったアルバムである。
まあとはいえど売れたJ-POPのアルバムだしな、とか思って気を抜いてこのアルバムを聴くことなかれ。
このアルバム、本格的なジャズサンバから始まる。
Tamba Trioっぽい雰囲気が漂う。この曲から始まるアルバムがベスト盤含め彼らで一番売れたアルバムって本当ですか。
島唄のイメージだと本当にあれと同じ人の音楽!?!?となってしまうが、このグルーヴ感はスカでの知見を活かしたものなのかもしれない。ホコ天で培ったノウハウが生かされているのだ。
そして二曲目で大きな帆を立てる。
極東サンバという表題もあってこれがサンバなんだな~と思ってしまうが、アコースティックギターが前面に出ていたり、そもそもThe Boomがロックバンドであったりということを考えるとこれはサンバというよりもMPBといった方が適切なのである。
何度かこのブログでも取り上げているが一応解説しておくと、MPBはブラジルで言うところのJ-POP的なジャンル。サンバやボサノヴァとロックを重ね合わせたようなものである。
で、風になりたいは上に貼った、Novos Baianos*3の曲の後半部を思い出すのは僕だけじゃないと思う。 実際極東サンバの収録曲はMPBもかなり参考にしていたらしく、次アルバムになるがMPBの名曲砂の岬*4をカバーしている。
そして風になりたいの歌詞を改めて読むとディストピア感が非常に強い。
ブラジルでは軍事政権に音楽家が真正面から立ち向かった歴史があるので、ディストピアものとの相性はなかなかのもの。
未来世紀ブラジルから連なる、ディストピアをテーマとしたブラジル音楽というテーマも日本のヒット曲としてはかなり異色。バブル崩壊後の閉塞した社会と、そこから見える希望を歌った歌なのかもしれない。
極東サンバ、他にも良い曲がいくつかある。
例えば思いっきりジョアン・ジルベルトなPoeta。
そしてゆらゆら帝国のドッグンドールに通じるような内容の詩も面白い。
あっちは恋人から見た音楽家の話だったがこちらは音楽家から見た自分自身の話。別に音楽家ではなくても、何かに凝っている人はどこか思い出す節があるかも。
視点は全く逆なうえに曲や歌詞の毛色も全く違うが、よく似た空虚感が漂う。
また、音楽ファンにはおなじみの久保田麻琴が参加している東京タワーもおススメ。
前アルバムにも久保田氏が参加されていたので呼んだのかもしれない。
確かにエレピの空気が久保田麻琴っぽいが、夕焼け楽団みはあまりない。ソフィスケートされた後期のボサノヴァという感じ。
コード進行は違うがどこかJust two of Usみもあるので、フュージョンでのブラジル音楽のパロディなのかもしれない。
極東サンバ、サンバと銘打っているが様々なブラジル音楽のごった煮みたいなアルバムであり、しかもそのどれもが高水準でちゃんとJ-POP化している。
ブラジル音楽を日本人がやるとわざとらしくなったり逆に完全にブラジル化してしまったりすることが多い中、奇跡的なバランスを保っている曲がいくつもあるのはフロントマン・宮沢氏のセンスの高さによるものであろう。
そして何よりこのような曲が大衆に好意的に受け入れられたのは特筆すべきもの。10年代前後でよく見ることになる「これが売れるの!?」みたいなものが頻出する邦楽の土壌を作ったアルバムの一つであるかもしれないね。
ただ難点を一つ挙げるとすればブラジル音楽的ではないものもいくつか混ざっており、アルバムのコンセプト的にはもう少し削れそうな点。
当時は折角の大容量CDにたくさん入れようという企図があったのかもしれないが、今にして思うと45分前後で纏めてしまっても良いのでは...と思えてしまうのがちょっと残念なところ。というか90年代のアルバム長すぎなんだよ。
ちなみにこのアルバム、ブラジル盤も発売されており結構売れたそうだ。このアルバム後にアルゼンチンで島唄が流行ったらしいけど、ブラジル盤の発売と関係あるのかもしれないね~