EPOCALC's GARAGE

本州一下らない音楽レビューブログ

Doll's Love Songs/Boys Age【2021】

ディストピア系シティポップ

boysageband.bandcamp.com

※Bandcampの公開日が2020年末なのだけれど、Apple Musicが言うには2021とのことだったので一応2021年のアルバム扱いでお願いします。

 

 

シティポップ、聴いてますか?

 

昨今は猫も杓子もシティポップである。うっせえわは知らん。

去年末真夜中のドアが馬鹿流行りしはじめたときなんか物凄く驚いた。

「やったあ!」ではなく「なんで!?」という意味で。

news.yahoo.co.jp

本当に謎。シティポップと一口に言えど色々ある中で何故この曲なのだろう。

 

まあ日本で埋もれていた名曲が世界各国に知られるようになるのは良いことであるが、

大分前から世界の音楽界は溶解度曲線の実験が余裕でできるレベルのシティポップ飽和状態になっており、

いかに打破するか、新機軸を打ち出すかを皆考えつづけている。

このブログで紹介したものだと、シティポップブーム震源地・Vaporwaveをサイケロックとしてやる発想のthe mellowsや、

シティポップの皮をかぶりつつ、やってることがオルタナ44superがいる。

epocalcgarage.hatenablog.com

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今回ご紹介するBoys Ageはthe mellowsと同様のサイケ感とともにシティポップの虚構性に注目し、それをSFの次元まで高めてしまった人物。

 

 

 

Boys Ageは結構古くから音楽を作っているらしく、コアな音楽ファンからの支持が篤い。

ちょっとTwitterでこの人の曲呟いたら沢山いいねが飛んできたところからうかがえる。

音楽性はthe mellowsにも通じるVaporwaveを人力でやったようなサイケポップだが、前後関係を考えるとむしろthe mellowsがこちらから影響されたようだ。


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国内よりも海外で人気らしく、国内でも火がつくことを願うばかりである。

 

ここでさっき言った「シティポップの虚構性」ってなんぞやと思った方がいるかもしれないので解説。これは最近のシティポップに多いものである。

80年代のシティポップは純粋な都会性・享楽性を追求して曲を作っていたのだが、

不況が続く現在の作り手たちは、それを一種の皮肉として解釈し

「今はこんな世の中ではないよね、こうだったらよかったのにな」

と裏腹にして見せるという手法を使っている(ように感じる)。

このことは歌詞面は勿論曲作りでも頻繁に感じられ、こう思っているのは僕だけじゃないハズ。

 

これこそがシティポップの虚構性である。

 そして今作Doll's Love Songsはその虚構性を生かし

「これからはこんな世の中になるかもしれないね」

というSF的発想によってコンセプトを作り、アルバムにまとめ上げてしまった。

 

 bandcampにこのアルバムのコンセプトについてのイントロダクションがあるので、聴く前にまず読んでみよう。

 

-introduction-

A puppet does everything for its master and obeys him without saying a word. Because that is the role of the doll.
However, the doll adores its master's "feelings" and is devoted to his "wishes". That is unforgivable.
She, who cannot sleep, dreads the sleepless nights. And her make-believe body freezes in the cold that should not be there.
She is moved by the sunset she sees with her master, and anguished by her inability to fulfill her role.
Even so, the spring-loaded spool continues to turn, as if responding to her passion.

人形は主人に尽くし物言わずただ従う それが人形の役目
しかしその人形は 主人の想いを慕い、その願いに尽くす 
それは そうなってはならないものだったのに
眠ることのない“彼女”は眠れぬ夜に怯え
作り物の身体はある筈のない寒さに凍える
主人と共に見た夕陽に感動し役目を果たせぬ自分に苦悩する
それでもからくりの魔法は回り続ける
その熱に応えるかのように。

Doll's Love Songs​ Bandcampページより引用

 感情を持った人形、つまりおよそ恋したアンドロイドのお話である。SFだとよく見る題材だが、音楽だとあまり見たことないコンセプト。

 

その上でまず一曲目いってみよう。

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 サイケデリックで丁寧なギターリフの後まず耳に付くのはざらついた機械音声による女性ボーカル。

クレジットによるとどうやらGalatea Talkを使っているらしい。

これは2003年頃にリリースされた古い合成音声で、故に古びたロボットのような独特の味がでている。

アルバム全体にわたって彼女がメインボーカルを執ることになる。

 

不気味や歌詞や陰影のくっきりした曲想も後々の楽曲にワクワクさせてくれるようなもので、

名コンセプトアルバム一曲目の必要条件、世界観の提示・没入の役割も完璧にこなしている。

 

続く二曲目もメロウで素敵。

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 そしてこの鬱鬱とした歌詞である。

個人的に、Vocaloidをはじめ合成音声の曲はうまく発声させていない限り歌詞が入ってきづらいのだが

このアルバムは全体的に妙に歌詞が頭に入ってくる。

歌詞カードを読みながら聴きたくなる曲ばかりだ。

 

勿論、インスト曲も超がつくほど高純度。

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 蜃気楼揺蕩う、都会の熱帯夜のような音楽

そんな美辞麗句で飾り立てずとも直感的に良い!と思えるような曲である。

ちなみにインスト曲はアルバムのコンセプトの分かれ目として機能しているようで、

ここまで三曲が「アンドロイドが今、『貴方』を懐かしむ」話であり、

ここから二曲が『貴方』がいたころの過去編になっている。

 

その二つからはこちらを。


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 旧い歌謡曲のようなメロディであり、アルバム内だと一番素直な曲であるかもしれない。

ロボットの悲哀を歌う内容と相まってなんだかニコ動のボカロっぽさを感じるのは僕だけではないはず。 

 

 

そしてこの後一曲インストを挟んだ後、超名曲・An Imitationでアルバムは頂点を迎える。


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アルバム中で最もシティポップの要素が強い曲。

宅録感の強いカッティングギターがこのアルバム全体に漂う退廃感をさらに醸し出す。

なにより歌詞がメタメタに強い。

最近歌詞を素通りすることが多かったのだが、ここまで歌詞の強い曲は久々である。

これと前後曲の歌詞から察するにどうやら何かしらの異変があり、『貴方』は『私』を庇って死んでしまったことが示唆される。

その歌詞でこのシティポップである。

ここまでの流れはこの曲へのカタルシスのためにあったと言っても過言ではない。

 

 実はこの絶望的状況下からこのアルバムの本領発揮である。NieR:Automataかよ。

 続くSpool Of The Dollもかなりの名曲。


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 ダンサブルで非常に陽気な曲。往年のネオアコの香りがするね。

でも歌詞は引き続き悲痛で、自分だけ生き延びてしまった後悔がつづられる。

ここまでの二曲は歌詞の悲しさと陽気な曲なギャップ、そしてギターソロの確かさが坂本慎太郎ソロ諸作を思い出す。

歌詞のSF的発想にも通じる部分があるかもね。


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 そしてこちらもまたメロウな名曲Hinageshiでおしまい。


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今までの作風とちょっと違う、SSW色の強い曲。歌声も優しめに調声してある。

FM音源と思わしきころころしたシンセとギターの絡み合いが絶品。

 

この曲だけボーカルの音程が低く、歌詞の一人称が『僕』であるのが面白いね。

つまり歌詞の中だけで出てきた『貴方』目線の歌で終わるわけである。

アニメだったら考察班がわらわら湧いてくるような演出である。

 

 

とまあ、音楽面を深堀しても面白く、歌詞を見ても面白く、構成もまた面白く、

めっちゃ良い音楽聴きながらちょっとしたSF作品を見たくらいの満足感を得られる。なにこれ。

このサブスク全盛の時代にとんでもないコンセプトアルバムが出てきてしまったものである。ちょっと衝撃的だった。

是非皆さんもBandcampで買って聴いてみよう。サブスクより音質明らかによいので。

 

 

追記

 

インディ音楽紹介記事で多いご本人の反応をいただいたのですが、ここで紹介した話の流れは意図したものではないとのこと。

ただ、例えば俳句の世界では評論が作者にも分かっていなかった文脈を提示し超マイナーな句が名句になったものもある*1ので、むしろ評論冥利に尽きるのかもしれない。

自分だけのオリジナル解釈をしてライバルと競いあおう。

 

 


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*1:このパターンだと芝不器男「あなたなる夜雨の葛もあなたかな」における高浜虚子の解釈が有名

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