月の光/冨田勲【1974】
心動かす電子音楽を。
月の光 - シンセサイザーによるメルヘンの世界(期間生産限定盤)
- アーティスト: 冨田 勲
- 出版社/メーカー: SMJ
- 発売日: 2015/04/22
- メディア: CD
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皆さんは電子音楽についてどう思っているだろうか。
もうYMOも結成から今年で40周年アニバーサリーだからか
最近の若い人はあまり電子音楽について抵抗がないように思う。
しかしながら、上の世代になるといまだに
「電子音楽は心がこもっていない」
「電子音楽で人の心を打つものは作れない」と仰せになる、
心の中の京都人が「さぞ素敵な音楽聞かれてはるんやろな~」と言いだすような
そんな人が存在する。
そんな人の代表例として個人的に真っ先に思い当たるのが
予備校時代にお世話になった現国のエム先生である。
業界内では小林英雄研究の権威として著名、
学生内では無駄話していたら授業が終わっていることで有名なこの先生は
(※その無駄話の組み合わせで評論の題材を網羅できるので、無駄ではない)
蓄音機で音楽を聴くのが趣味であり、
たびたび予備校に蓄音機を持ち込んでは学生たちに自慢のレコードを披露するという
暇を持て余した神々の遊び的なことをされていた。
しかしエム先生は恐らく電子音楽嫌いであった。
なにかの授業で坂本龍一の話題になったとき、
「坂本龍一や細野カツ臣のやってたYMOは俺はよくわからない」
とか
前衛芸術に関する評論が出てきたときも、
「John Cage!あいつはダメです。」
とかおっしゃっていたので真正の電子音楽嫌いなのだろう。ただ、細野晴臣の名前くらいは憶えてほしい。
ちなみに、僕はそんな発言されたからにはと
エム先生の授業の時には必ずジョン・ケージのNova MusichaジャケのTシャツを着ていた。
また、先生はジャズがお好きだったが、絶対にヘッドハンターズをボロクソにいうタイプだったのだろう。
しかし、そういう人にこそおすすめなのが(というかエム先生は知っているだろうが)
冨田勲の「月の光」である。
冨田勲とはどういう人物なのか。
ロックとかポップスとかを中心に聴いているほとんどの方には
「クラシックのお堅い人」というイメージがあるかもしれない。
友人に「冨田勲って誰?」と訊かれたら、僕は必ず
「ディズニー・シーの地球儀あるじゃん、あそこのBGM作った人」と言っている。
【高音質】 TDS エントランス BGM デイ ディズニーシー・プラザ アクアスフィア
行ったことなくても、みんなどこかで聴いたことあるはず。
この通り素晴らしいBGMを作っていらっしゃるが
この人なんと音大出身ではなく、意外や意外慶応文学部卒である。
なんと大学生のころから作曲家として活動しており、
初めのころは普通のテレビ番組などのBGMを作っていたそうな。
・・・普通といっても大河のOPや虫プロ・円谷プロ作品の劇伴。初期から大活躍である。
しかし、そのうち普通のオケ曲を作るのに飽きてしまい
シンセサイザーに興味をもってモーグのタンスを日本人で初めてお買い上げ。1千万したそうな。
輸入時、軍事コンピュータだと思われて税関に数か月止められたのは有名な逸話。
しかし、税関から取り戻していじってみても変な音が出るばかり。
それじゃまずいと冷や汗かきながら自宅で試行錯誤の末に辿り着いたのがこの「月の光」でございます。
電子音楽というと、現代音楽から始まりその後アンビエントやハウスに進化していってしまったせいか
「ディスコでかかってそうな奴」「ヒーリングミュージック的な奴」「前衛的な奴」
の三種類に大別される感じだが
これはその三つのうちどれでもない、「人の心を動かせる奴」である。
クラシックであることもあってか、プログレっぽい感触もあるね。
では内容を見ていきましょ。
内容は「シンセを用いてドビュッシーを弾く」というもの。過去と未来の融合といった趣で今でも全く古びてません。
このアルバムの中でも一番のものは表題でもある「月の光」でしょう。
冨田勲 「月の光」 Isao Tomita / "Clair de Lune"
ドビュッシーの月の光には
「セーヌ川に映ったパリの大きな月からの光が、窓からあふれて漏れてくる」
みたいなイメージが良く言及されるんですが
そのイメージを全開にした美麗なアレンジです。
オーケストラにありがちなストリングスみたいな音だけではなく
途中でシンセのつまみをいじりながら出したような
シンセサイザーにしか出せない音も彩りを添えて素敵。
生楽器を超越できることを示した一曲でございます。
ストリングスの音作りも魅力的で
Studio Oneにはこの曲等で出てくる冨田勲のストリングス音を参考に作ってある
「TOMITA Strings」なる音色もあります。
面白いのは「ゴリウォーグのケークウォーク」
クラシックをコミック・ソングとして解釈するのが見事。
パポパポというのが人間の声のようで面白い。
この音色は「パピプペ親父」というあだ名がつけられ、
「シンセサイザーで人間の声を出す」のが目標だった冨田勲のお気に入りの音だったそう。
後々ホルストの「惑星」のアルバムを出したときには、冒頭でロケット運転士や管制官の声として使われています。(0:50位~)
Isao Tomita The Planets 1976 Full Album
なんかピングーみたい。
冨田勲の作った音色の中でもかなり有名な音色の一つで
大瀧詠一がPap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語という曲でこの音色のパロディーを松武氏にやらせてたり
この音色から発想を得て作られたのがボーカロイドだったり
色々逸話がある。
そしてそれへの回答として冨田勲が初音ミクを使った曲を作るというムネアツ展開。
冨田勲「イーハトーヴ交響曲 Blu-ray」ダイジェスト映像
この際「最高齢のボカロP」という称号をもらっている。
さて、「月の光」を作るにあたって参考にしたといわれるアルバムがある。
それがこのCDが馬鹿高くてLPが馬鹿安いSwitched-On Bach。
J.S. Bach: "Switched-On" Brandenburg Concerto No. 5 in D major. BWV 1050, 1. Allegro (Synthesized)
この通り「シンセを用いてバッハを弾く」という
クラシック×シンセの発想の元になったアルバム。
これもこれで面白いのだけれど、基本的にパイプオルガン的な音が中心で
冨田勲ほどシンセ臭くない・・・
シンセサイザーでやる、という面白さなら「月の光」のほうが一歩上ですな。
「月の光」アルバム全体の一番のすごさは「美しい」ことでしょう。
電子音楽にありがちな軽薄さというものがあまりない。むしろ荘厳。
それでいて電子音楽らしく聞きやすい。
いわばクラシックと電子音楽の良いとこどりといった趣ですネ。
これができるのは、それまで様々なジャンルの音楽を作曲されてきた経験があるからなのかもしれません。
最後にこのアルバムの逸話を一つ。
「何かレコードでもかけますか」とタモリが「月の光」をかけたそうだ。
すると星新一は感涙。「こんなに感激したのは初めてだ」と言った。
近頃はやれアンビエントだチルアウトだローファイヒップホップだと
「BGM」「ラウンジ風音楽」のような人の印象にあえて残らない電子音楽が流行っているが
少しくらい「月の光」のような、人の心を揺さぶる電子音楽があっても良いんじゃないだろうか。
Isao Tomita - Snowflakes Are Dancing (Full Album)