4分33秒を演奏したよ
予備校時代の恩師「「泉」を作り直すようなもん」
こんにちは。
題名が狂ったハンバーガーちゃん絵日記の始まり方になってしまいましたが
先日、4分33秒をサークルの定例ライブで演奏させていただきました。
今更説明も要らないと思うんですが、4分33秒とはその名の通り4分33秒間なにも演奏しないという曲です。
「無音でも演奏会でやれば音楽」という、先述の通りデュシャンの「泉」的な曲なんですが
同時に「無音にも意味がある」と知れ渡り、その意味で今のポップスにも実は影響を与えていると言います。
しかし、そのキャッチーさのせいで
「俺曲弾けるよ~4分33秒wwww」
みたいなつまらないネタによく使われる哀れな現代音楽の名曲ですが、*1
実際に公衆の面前で演奏した人は少ないでしょう。
なんでやろうと思ったのか?
時は昨年の夏ごろに戻ります。
僕の音楽の先生がピアニストを呼んでちょっとしたコンサートを開きました。
粛々と古典的なクラシック、あるいは前衛曲が演奏されたのですが、その中にこの曲がありました。
その時の衝撃たるや。そして次に演奏された曲が静寂を切り裂くように始まったのも忘れ難いものでした。
この曲は、これから4分33秒やりますよ!という文脈ではなく、他の(比較的)普通の曲と合わせて予告なしにやることによって演奏会全てを支配するのです。
これを是非再現しようということで企図しました。
実際にやってみた。
で、実際にこんな曲目でやりました。
Opening/Philip Glass
Gymnopédies N.1/Erik Satie
4'33”/John Cage
Perpetuum Mobile/Penguin Cafe Orchestra
Merry Christmas, Mr. Lawrence/坂本龍一
他曲はミニマルやアンビエントと言った「ポスト・クラシカル」で固めています。
実際、4分33秒の初演もそういった曲と一緒に演奏したそうなのでそちらも意識している編成。
また、二曲目以降は現代音楽史に沿った配置になっています。
これから4分33秒を演奏する人に向け、コレを演奏したときの僕の精神状態をここに記しておきます。参考になれば。
4分33秒演奏前
フィリップ・グラスのミニマルでスタート。
心を無にして演奏。ここまではよかった。
次はサティの有名なジムノペティ。
これはそんなに難しくもなく、中学時代からずっと弾いていたものなのにもかかわらず、
「次4分33秒じゃん...」
という緊張のせいで変なとちり方を連発。
最終的には4,5回は間違えたはずだ。
この曲で4,5回間違えるというのはどれほど緊張していたか、ピアノ弾ける人なら分かってくれると思う。
4分33秒第一楽章
さあパーティーの始まりだ。
タイマーを出して時間計測開始。
最初はまだかなあ、という雰囲気だったのだが
30秒くらい黙っていると段々空気が変わっていく。
「まじかこいつ...」という思念が部屋を飛び交い、ピアノの前に座っている僕に痛いほど視線が向けられる。
既に僕の心臓はバクバクである。開始33秒で第一楽章を通過。
4分33秒第二楽章
このころになってくると流石に皆もう慣れてきている。
が、僕はまだド緊張していた。精神力がゴリゴリ削られていく。
聴衆の前で何も弾かずにただただ時間を待つのはかなり厳しい。
ここでちょっとしたハプニングが発生。人が入ってきたのだ。
「偶然性の音楽」の真骨頂ここにあり。
開始2分33秒で第二楽章を通過。
4分33秒第三楽章
ここら辺になってくると「次の曲をどう始めよう...」と思い始める。
4分33秒の沈黙に見合うだけの迫力で始めるべきか、
それとも一筋の光のようにか弱く始めるべきか。
それを考えている間にどんどん次の曲が近づいてくる。
4分33秒間、「休んでいる」はずなのに全く気が休まらなかった。
4分33秒演奏後
そのあとはもうグダグダ。
手が震えてうまく弾けなかった。
自分は何を弾いたのか全く分からない。真っ青になりながら弾いたことしか覚えてない。
まとめ
4分33秒は先述の通り「楽器できない人でもできる曲」的な扱いを受けているが、
並みはずれて強靭な精神力とその前後で華麗に演奏できる技術力が必要であり、
生半可な覚悟で演奏会でやったら演奏会全体に悪影響が出る難曲である。
また、もし他の曲もうまく演奏できても聴衆の関心は絶対に4分33秒に注がれ、
他の一所懸命に練習した曲たちはかすんでしまうことは間違いないだろう。
結論として、これを演奏会に取り入れることは
聴衆にとっては新鮮な体験ができることは間違いないが、
演奏家にとっては何の利益もない
ということが分かった。
僕は二度とやりません。
*1:ちなみにケージも発表するのに躊躇したそうです。